【米大使】ハリー・ハリスの母親は日本人でどんな人?生い立ちや日本語が話せない理由も!

現在韓国の米大使館として駐在しているハリー・ハリス。

口ひげが批判されていて話題になっていますが、そんな中でもう一つ気になるのがハリー大使は日本人の母親を持つ日系米国人ということ。

お年を召しているからか全然気が付きませんでしたが、言われてみれば日本人っぽさもある!?w

ハリー大使の日本人のお母様って一体どんな方なんでしょうか。

ということでハリー大使の母親についてや、日本人の母親を持ったハリー対しの生い立ちをまとめてみました。

目次

ハリー・ハリスの母親ってどんな人?

ハリー大使の母親の簡単なプロフィールがこちら!

  • 名前:オオノフミコ
  • 生年:1927年(享年81歳)
  • 出身:兵庫県神戸市
  • 職業:通訳兼秘書

ハリー大使の母親であるフミコさんは横須賀のアメリカ海軍で通訳兼秘書をしていました。

そのときにハリー大使の父親であるアメリカ海軍兵曹長ハリー・ビンクリー・ハリスさんと知り合います。

そして1955年に結婚、その後ハリー・ビンクリー・ハリスさんは1956年に除隊して、1958年に家族でテネシー州クロスビルに移住したということです。

フミコさんはアメリカ海軍で通訳や秘書をしていたということで、頭もよく英語も堪能だったのでしょうね。

ハリー・ハリスの生い立ちは?

ハリー大使は1956年に神奈川県横須賀市でうまれます。

そして2歳になる頃にアメリカへ家族とともに移住。

ハリー大使が母に幼少の頃から教えこまれたことがあります。

それが「義理(duty)」という言葉。

このことについては、「6、7歳の子供が理解するにはとても重い概念だった」とハリー大使が話しています。

ハリー大使の父が軍人だったこともあり、「国民は国家が必要とするときに奉仕する」ことを当然とする姿勢が幼い頃から身についていたようで、高校時代に海軍を目指すことを決意したハリーさん。

割としつけ等厳しい環境で育ったのかもしれません。

しかしだからこそ、ハリー大使のような立派な人材が育ったのでしょうね。

なんとハーバード大学やジョージタウン大学、オックスフォード大学等の有名大学院でも学んだ経験があるのだとか…!

またアメリカ海軍兵学校を卒業後、飛行訓練を積んハリー大使は、海軍飛行士官としても大活躍し、リビアの襲撃や湾岸戦争にも参加して、実戦にも参加していたようです。

エリート中のエリートですね!

2014年9月に、オバマ大統領から米軍の新司令官の指名を受け、主要ポストに!

アジア系米国人では最高位の階級についた人物です!!

めちゃくちゃすごい方なんですね!!!

ハリー・ハリスは日本語が話せない!?

そんなすごい経歴をお持ちのハリー大使ですが、日本語はほとんど話せないのだそうです。

その理由は、

「息子を環境になじませようとした母が、日本語を教えなかったから」

2歳でアメリカに渡ったハリー大使にとって、日本にいた頃のことなんてほとんど記憶にないでしょうし、父親も母親もハリー大使をアメリカ人として育てたかったのでしょう。

当時は戦争などもあって、アメリカと日本が敵対していた時代でもあります。

なんでも遊び相手の父親や祖父の中には、大戦で旧日本軍と戦った人もいたようで、そういった人への配慮や、そのような環境で日本人として育てていくのは、きついものがあるでしょう。

日本語を教えなかったのも、母親の愛情のひとつなのかなと感じますね。

まとめ

ハリー大使の母親についてや、幼少期についてまとめました。

日本人の母親オオノフミコさんを持つハリー大使。

日本人ではなくアメリカ人として育てられた背景には、様々な歴史的背景があったんだと思います。

オオノフミコさん自身も、日本人ながらアメリカで過ごす事になったことは、大変なことも多かったと思いますが、「義理」をハリーさんに伝え、しっかりした信念と愛情でハリー大使をロッパに育て上げたオオノフミコさんは、素晴らしい母親だと感じました。

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